ガラパゴス諸島 ~独自の進化をとげた動物が暮らす太平洋の島々~
今回紹介するのはこちら!!
ガラパゴス諸島!!
ガラパゴス諸島は、南米エクアドルに位置する島々であり、自然遺産に登録されています。
世界で最初に登録された世界遺産のひとつでもあります。
大小19の島と多くの岩礁からなる火山群島で、南アメリカ大陸から西に約1000kmほど離れています。長い歴史の中で、この島々は1度も大陸と陸続きになったことがありません。
ここがポイント
進化論
さきほど説明した通り、ガラパゴス諸島は1度も大陸と陸続きになっていません。つまり、この島々では独自の生態系をみることができると考えられます。
この地で、現在にもつながる偉大な発見をしたある人物がいます。イギリスの博物学者、チャールズ・ダーウィンです。
彼は、ゾウガメやウミイグアナ、フィンチなどを観察し、あることを見つけました。
「あれ!?うそやん!?
こいつらおんなじ種やのに住んでる島ごとにぜんぜんちゃうやん!!
もしかしたら島に合わせて進化しとるんとちゃうか?!?」
ここからダーウィンは進化論という着想を得て、『種の起源』を著しました。
「進化」という新たな概念を生んだ種の起源は、科学が進歩した現代でも強く支持され、生物学のベースとなっています。
ではでは、ガラパゴス諸島独自の生態系を少し見てみましょう。
【ゾウガメ】
甲羅の長さが1mを超すような大型のリクガメ。スペイン語で「ゾウガメ」は「ガラパゴ」と呼ばれ、ガラパゴス諸島の名前の由来にもなっている。
【フィンチ】
スズメの仲間の小鳥。くちばしの形が島ごとに異なるガラパゴス諸島の13種のフィンチは、「ダーウィン・フィンチ」と呼ばれる。
【ウミイグアナ】
トカゲの仲間。ダーウィンはウミイグアナを「おぞましく」「最も醜く不格好なトカゲ」と記している。
ここで紹介するのは、3種にとどめておくが、ガラパゴス諸島には実に様々な、珍しい生物が生息している。
ガラパゴス諸島の今
人間がこの島に足を踏み入れて以降、家畜をはじめとする外来種が島の生態系を狂わせてきた。さらに、海洋生物の乱獲、都市化なども相まって環境破壊が進行している。
これを受け、ユネスコは2007年にガラパゴス諸島を危機遺産リストに登録した。
エクアドル政府は、環境保全計画をたて、2010年に危機遺産リストから脱している。
原爆ドーム ~戦争の悲惨さを伝える負の遺産~
こんにちは、セカケンです!!
今回紹介するのはこちら!!
原爆ドーム!!!
当時、この建物は「広島県産業奨励館」と呼ばれていました。
第二次世界大戦末期の1945年8月6日午前8時15分、アメリカの爆撃機エノラ・ゲイが投下した原子爆弾「リトル・ボーイ」は、産業奨励館の南東約160m、高度約580mで炸裂しました。発生した火球による強力な熱線と爆風のため、広島の街は一瞬にして破壊されてしまいました。
熱線・・・・日光の約数千倍
地表温度・・約3000度(鉄が溶け始めるのは約1500度)
爆風・・・・秒速440m(最大規模の竜巻が秒速130m)
爆風圧・・・350万Pa(1m²あたりにかかる重さが35t)
一瞬にして姿を変えてしまった原爆ドーム。
いったい私たちに何伝えているのでしょう。
ここがポイント
原爆ドームは、「広島平和記念碑」として世界遺産に登録されました。人類が起こした悲劇を記憶にとどめ教訓とする「負の遺産」と考えられています。原子爆弾が投下されて2年後、浜井信三市長(当時)は第1回平和祭で次のような平和宣言を行いました。
「この恐るべき兵器は恒久平和の必然性と真実性を確認せしめる『思想革命』を招来せしめた。すなわちこれによって原子力をもって争う世界戦争は人類の破滅と文明の終末を意味するという真実を世界の人々に明白に認識せしめたからである。これこそ絶対平和の創造であり、新しい人生と世界の誕生を物語るものでなくてはならない。」
もちろん、これには反対の意見もあります。
原爆ドームは崩壊の危険性があります。
悲惨な出来事を思い出したくないという痛切な思いもあります。
しかし、原爆ドームは、核兵器廃絶と世界恒久平和という「ヒロシマの願い」を発信し続ける世界的なモニュメントとして存在し続けているのです。
ブラジリア ~新生ブラジルの首都~
こんにちは、セカケンです!
今回紹介するのはこちら!!
ブラジリア!!
ブラジルの首都ブラジリアです!
なんとこの都市全体が世界遺産なんです!!!
ブラジル中西部、標高1000mのブラジル高原にあるブラジリアは、ポルトガ植民地時代から首都であった大西洋岸のリオ・デ・ジャネイロに代わる新首都として建設されました。
飛行機型の都市
ブラジリアの中心部は上空から見ると飛行機の形をしており、その機首にあたる場所には、連邦議会議事堂や最高裁判所、大統領府などの政府機関が並ぶ「三権広場」があります。
胴体部分には、キリスト教の茨の冠をイメージさせるブラジリア大聖堂や緑地帯、商業・文化関連施設が並び、翼部分には正方形の敷地に住宅や学校、公園などが作られています。
道路網は立体交差が用いられ、信号はほとんどなくバスや自動車のみが交通手段になっています。
↑ブラジリア大聖堂
ブラジリアの街並みは整っていてきれいですね。
では、このブラジリアはどうやってできたのでしょうか???
ここがポイント
内陸開発
ジュセリーノ・クビチェック・デ・オリヴェラ大統領が首都移転計画「新都ブラジリア計画」を打ち出した。これは経済的に立ち遅れていたブラジル中西部をブラジルの新たな中心として発展させようとするものでした。
ブラジリアの近未来的な街並みは、内陸部のことを考えて作られたものだったのです!!
また、着工からわずか4年後の1960年に完成し、世界遺産には1987年に登録されており、建設されてから世界遺産登録されるまでの期間が最も短い遺産となっています。